教育委員会が「偽装請負」で指導を受ける。そんな事態が後を絶たない。それでも多くの教委が外国語指導助手(ALT)の業務委託(請負)を続ける背景には、自治体の厳しい財政事情や人材確保の難しさがある。一方で外国人の相談を受ける労働組合には、ALTが続々と駆け込む。偽装請負トラブルの火種を抱えたまま、多くの教委が来春、小学校の英語必修化を迎えることになる。
大阪府吹田市(6月)、千葉県柏市(4月)、愛知県東海市(3月)――。業務委託のALTが労働者派遣法違反(偽装請負)だとして、労働局から是正指導を受ける自治体が相次ぐ。
滋賀県では5月、教職員の労組が大津市のALTは偽装請負だと労働局に訴えた。福岡県、新潟県ではALTが加入する労組が、教委や労働局に偽装請負状態の解消を要求するなど、各地でトラブルが表面化している。
一歩間違うと偽装請負になるのに、業務委託(請負)を選ぶ教委は多い。文部科学省調査(2010年度)によると、市区町村教委(指定市除く)では、東京都(78.7%)、愛知県(57.1%)、福岡県(58.5%)など11都県で業務委託が半数を超す。
直接雇用から請負への切り替えを進める県教委は「3年契約の総コストがALT1人あたりで約100万円違う。民間委託を進める行革方針にもあう」と言う。「人材確保に不安がある」(北関東の市教委)との声も。労務管理や生活支援がいらないことも大きい。「派遣」には最長3年間という期間制限があるが、請負にはない。
「業者が指揮命令をして適正に実施している」。業務委託の教委はこう説明する。「ALTが独立して授業することで生きた英語に多く触れられる」(西日本の指定市教委)など、請負方式の教育効果を強調する意見もある。
2千人を超すALTを擁する最大手の業者は「(偽装請負防止のため)学校向けマニュアルも配り、教員への説明会も開くようお願いしている」と話し、法令順守の徹底ぶりを強調する。
一方、偽装請負は不可避という証言も。「生徒の反応を見ながら指導方法を変えていくのが授業。生徒を生かし、最大限の効果が上がるように意見交換も欠かせない。現場の実感では話し合いなしに授業を進めるのは不可能なので、直接雇用してほしい」。偽装請負の是正を労働局に求めた「全教大津教職員組合」(滋賀県)の執行委員長で、中学校の英語教諭でもある福田香里さんは言い切る。
「適正な請負」にも批判がある。中央教育審議会外国語専門部会委員を務めた上智大学外国語学部の吉田研作教授(応用言語学)は懸念する。「ネーティブスピーカーの発音を聞かせるだけなら、DVDを使えば事足りる。英語を使って担任の先生がALTとコミュニケーションする姿を見せることが大切であり、学習の動機づけにもなる。業務委託で日本人教員と一緒に授業を組み立てられなくなるのは、英語教育の観点から非常に問題がある」
英語で相談に乗る労働組合「ゼネラルユニオン」(大阪市)には今春、「突然職を失った」など外国語指導助手からの相談が連日押し寄せた。
大阪府内の中学校で業務委託のALTをしていた米国人男性(29)もその一人。3月下旬、雇用先の大手業者から「契約が取れなかったので、4月以降の仕事はない」と言い渡され、途方に暮れた。
来日5年。ずっとALTだったが、契約は「自治体の直接雇用」から「派遣」「業務委託(請負)業者の社員」に移り変わった。直接雇用では月給は額面30万円あり、貯金もできた。しかし労働条件はだんだん悪化したという。
ゼネラルユニオンなど各地の労組によると、請負業者のALTの多くは有期雇用(1年契約)。業者が業務の入札に失敗すれば、そのまま失業する恐れが強い。落札額を下げるため、直接雇用よりも賃金は安くなる。
契約途中で辞めたら「罰金」を払うことに同意させ、労働基準監督署から是正を求められた業者、団体交渉に応じず労働委員会から不当労働行為と認定された業者――。労働トラブルも多発している。一部教委の偽装請負が明るみに出たのは、支援する労組が実態を告発してきたからだ。
ゼネラルユニオンは、吹田市、東海市の偽装請負を労働局に訴え、いずれも是正指導につながった。同ユニオンの山原克二委員長は「業務委託のALTは社会保険にも入れず、授業がない夏休みなどは収入も激減する。入札で雇用も不安定。教育の継続性という観点でも有害ではないか」と批判する。
いまや学校の英語教育に欠かせない存在となっているALT。ただ、国が明確な定義や資格要件などを法令で定めているわけではない。そのため自治体側の財政事情などにより、その役割や配置が変わる教委もある。
「県が活用しやすい状況にするためにも、国による(ALTの)帰国旅費などの補助を望む」。朝日新聞が情報公開で入手した文科省の自治体調査票で、ある県の担当者は国にそう訴えた。財政状況が急に悪化、直接雇用した場合の帰国旅費の負担が困難になっているという状況報告だった。
甲南大学国際言語文化センターの中村耕二教授(英語教育)は「英語圏の大卒の若者なら誰でも良いという考え方は国際化に逆行する。日本の国策として英語教育を位置づけ、採用基準を外国語としての英語を教える免許か、英語圏での国語(英語)の教員免許を持っている人に限るべきだ。国や自治体がきちんと直接雇用して給与や福利厚生にも配慮し、責任と愛情を持って生徒に接する環境を整えるのが望ましい」と話す。