もう8年前のことになるが、かつて「ハケンの品格」というテレビドラマが反響を呼んだ。篠原涼子(しのはら りょうこ)が演じる時給3000円の「Super 派遣労働者」大前春子(おおまえ はるこ)が、職場で起こるさまざまなトラブルを鮮やかに解決していくというストーリーだ。大前春子は、職場のどの正社員より仕事ができる一方で、「残業しない」「愛想がない」「就業時間以外のつきあいは一切お断り」がマイルール。愛想笑いもご機嫌取りも一切なく、職場で孤高の存在を貫いていた。こうした大前春子の姿に、当時派遣で働く労働者たちは大いに元気づけられ、大人気ドラマとなった。
しかし、「ハケンの品格」は、ある意味で現実離れした「ファンタジー」として見られていたと言える。当時、ドラマを見ていた派遣で働く人たちに「このドラマはリアルだと思いますか」と質問したところ、ほとんどが「思わない」と答え、「実際に大前春子みたいな派遣社員がいたら、即クビになっちゃう。」「派遣は正社員より軽く扱われるのが当たり前ですよ。」「いくらスキルを磨いて仕事ができるようになっても、いつまでたってもしょせんは「よそ者」なんですよ、派遣って。」等々の発言が相次いだという。
さて、2015年9月30日より、改正労働者派遣法が施行されることになった。この改正をめぐっては、国会の中でも乱闘騒ぎを巻き起こすくらい紛糾したのだが、結局のところ、与党の賛成多数を経て成立した。改正の中身はかなり複雑でわかりにくい話なのだが、今回何が変わったのか、そして派遣労働者にどのような影響があるのか、考えてみたい。
◆ 今回の労働者派遣法の主な改正点
1:派遣期間規制(期間制限)の見直し
これが、今回の改正のなかで一番の目玉と言われている。これまで派遣労働は、「政令26業務」と言われる、ソフトウェア開発や財務処理やファイリングなど、全部で26種類の業務と、それ以外の業務との間で、期間制限に差があった。政令26業務には期間制限がなく、それ以外の一般的な職種には、最大3年の期間制限があった。
今回の改正では、これらの区別を廃止して、すべての派遣業務について「原則3年間」の期間制限を設けることとなった。期間制限は「事業所単位」と「派遣労働者個人単位」に分けられ、どちらも3年の期間制限であるが、個人単位の場合は、同じ事業所でも、これまでとは別の課(例:総務課⇒経理課)で働く場合には、同じ派遣労働者が3年を超えて働くことができる。また、事業所単位の場合には、過半数労働組合、それがなければ労働者の過半数を代表する者から意見聴取をすれば、さらに3年受け入れることが可能となる。つまり、意見聴取という手続さえ踏めば、派遣労働者を3年ごとに入れ替えながら、期間に制限なく派遣ができることになった。「永遠に派遣労働から抜け出せなくなる「生涯ハケン」を大量に生み出すことになる」との批判が、多くの労働法研究者から寄せられた。
2:派遣労働者の派遣先の労働者との均衡待遇の推進
1に対しては労働側(労働組合や労働法研究者、労働弁護士など)から猛反発があることは、国も予想していたであろう。したがって、それをフォローするために、派遣元と派遣先双方において、派遣労働者と派遣先の労働者の均衡待遇を確保するための規定が盛り込まれた。
まず、派遣元に対しては、労働者から求めがあったときには、均衡を考慮した待遇確保のために配慮した具体的な内容を派遣労働者本人に説明することが義務づけられることになった。義務違反に対しては許可の取り消しを含め、厳しい指導の対象となる。
また、派遣先に対しては、これまでは、派遣先が直接雇用する労働者の賃金等を、派遣元へ情報提供する「努力義務」があるにとどまっていたが、今回の改正で、派遣先が直接雇用する労働者に対して、業務に密接に関連した教育訓練を実施する場合は、派遣労働者にも実施することや、派遣労働者に対し、派遣先の労働者が利用する福利厚生施設を整えるといった配慮義務が課されることになった。
この改正は、派遣労働者の権利を強固にするものといえるが、どこまで実効力があるかについては、まだまだ不透明である。
3:雇用安定措置の義務化
これも、1に対するフォロー的な意味合いをもつ改正であるが、派遣労働者の雇用の安定化を図るために、「雇用安定措置」が派遣元に義務付けられることになった。具体的には、次の4つのうちいずれかの措置をとることが求められている。ちなみに4つのなかでどれを選んでもいいというわけではなく、まずは①を行い、もしそれが果たせなかったならば、②〜④の措置をとることが求められている。
派遣先への直接雇用の依頼
新たな派遣先の提供
派遣元での無期雇用
その他安定した雇用の継続を図るために必要な措置
フォロー的な改正と言われるものの、残念ながらこれらの「雇用安定措置」は、ほとんど派遣労働者の雇用安定にはつながらないということが指摘されている。たとえば、①の「派遣先への直接雇用の依頼」 については、文字通り、ただ「依頼」をすることが義務づけられているだけなので、派遣先がその「依頼」を断ることも全く自由だからである。
また、改正前の派遣法では専門26業務の派遣労働者が、3年を超えて同じ派遣先で同じ仕事をしている場合、その派遣先が新たに労働者を直接雇用しようとするときは、その派遣労働者に雇用契約の申込みをしなければならないという「雇用申込み義務制度」(派遣法40条の5)が存在し、これにより専門26業務で働いている派遣労働者が直接雇用される可能性が不十分ながらもあったのだが、今回の改正で、この規定がさらにいっそう無力化することになった。
4:全ての労働者派遣事業を許可制へ
これまでは、常用雇用労働者だけを対象とする特定労働者派遣事業は届出制、登録型や臨時・日雇いなどを対象とする一般派遣労働者派遣事業は許可制をとってきたが、今回の改正ではこの区分を廃止し、すべての労働者派遣事業を許可制とすることになった。より厳格な行政の目が行き届くという点において、この改正は歓迎すべきことだろう。
◆派遣はアブノーマル
以上、今回の改正点について述べてきたが、ここまで読んでもまだ頭が混乱している人も多いだろうと思う。それは当然である。派遣という働きかたはそもそも、本来想定してこなかった極めて不自然な形だからである。
派遣法は派遣のことを次のように定めている。「労働者派遣とは、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」(派遣法2条1号)。つまり、本来ならば、労働者と使用者の二者関係で成り立つ労使関係が、派遣会社が間に入ることによって、三者関係となり、それぞれの権利・義務関係が複雑に混じり合うことになる。
派遣元は、言い方は悪いが、「ヒト(=派遣労働者)」が金儲けのネタになっているのである。このことは、ただでさえ弱い労働者の立場がよりいっそう危うくなることを意味する。だからこそ労働法は、昔から厳格に「業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」(労働基準法6条)と禁止してきたのである。ここにじわじわと入り込んで拡大してきたのが労働者派遣という業態である。この波は産業界を揺るがし、ついに1985年に労働者派遣法が制定されて、労基法6条の例外として認められることになった。その後も何度も改正を重ね、そのたびにどんどん規制が緩和されて、今日に至る。
労働者は生身の人間であり、職場で人間関係を築き、その中でいいこともいやなことも経験しながら、賃金を得て生活を成り立たせている。一方で、派遣労働は、労働者を機械や道具などの「モノ」と同じように労働者が取り扱われる危険を本来的に内包している雇用形態である。その表れとして、派遣は基本的にその労働者個人の「性格」や「雰囲気」などは一切問わず、ただ持っている「技術」や「知識」を求めるものだという前提がある。だからこそ、派遣法では「事前面接の禁止」が定められ、派遣先が派遣労働者を特定してはならないことになっている。
しかし職場はあくまでも生きた人間が集まった場所である。そんな風に割り切ることなどとてもできないのが現状だ。だから、事前面接は、実際には「職場見学」や「説明会」といったように名前を変えて実施されているのである。冒頭で紹介したドラマ「ハケンの品格」の主人公、大前春子(おおまえ はるこ)は、自分自身を徹底的に「モノ(=マシーン)化」して人間らしい感情を封印することで自分の身を必死に守ろうとしていたのかもしれない。言葉を返せば、そのくらい派遣とは、不安定で危うく、都合よく使われやすいということだ。
最後に言っておきたい。今回の改正には派遣労働者にとって悪いものと良いものがごちゃまぜになっている感があるが、一つはっきりしていることがある。それは、「派遣業界」には活躍の機会が増えるということである。そしてその業界の中心にいるのが、派遣大手のパソナの会長竹中平蔵(たけなか へいぞう)氏である。竹中氏は規制緩和論者の代表格で産業競争力会議の民間議員を務めている。小泉純一郎総理大臣のときからブレーンとして規制緩和路線を驀進し、現在も安倍晋三総理大臣にぴったり寄り添いながら、今回の派遣法改正を強力に押し進めたと言われている。言うならば、政府の会議で自分に有利な法案をつくり、それを立法化して、そのまま自分の金儲けに生かしているのである。今回の派遣法改正は、こうした産業界の影響力の強さを一番感じるものとなった。そう、そこには、派遣労働者の存在はないに等しいのである。